お知らせ

ダブルワークに関する労災認定基準改正の評価

2019/12/12

和泉貴士(ブログhttps://ameblo.jp/kiyoshitakashi/

 

https://www.asahi.com/articles/ASMDB43F0MDBULFA00L.html

https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019121001002501.html

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019121000806&g=eco

https://www.yomiuri.co.jp/national/20191210-OYT1T50330/

 

 昨日(2019年12月11日)から、報道各社がダブルワークの労災認定について、基準が変更になると一斉に報道しています。

 

 

1  論点は2つある

 

 実はこの問題は2つの論点が含まれていて、

 ①例えば、A社で60時間残業しB社で60時間残業している場合、残業時間を合算して120時間残業したと認定し、労災を認めて良いか

 という論点と、

 ②労災が認められた場合に、休業補償給付や年遺族金等の支給額をどう計算するか。例えば、A社の給料とB社の給料を合算し、その8割を支給するという処理が認められるか

 という論点があります。

 

 報道をざっと見た感じでは、読売新聞と時事通信の記事は①②の違いを理解してきちんと分けて書いていますが、朝日新聞と東京新聞はあいまいに書いている印象があります。

 

 

2  評価すべきは②の論点

 

 実務家サイドから言うと、①については、労働基準法38条1項という規定があり、通算しなければならないとされています。なので、当たり前といえば当たり前の話なのですが、厚労省の審議会の議事録を見る限り、この条文自体経営者に過大な負担(労働時間把握義務)を強いるという理由で削除すべきという意見もありました。そういう意味では副業労働者を保護するためなんとか国も踏みとどまった印象です。

 

 ②については、私も経験がありますが、通算を認めない運用が昔からなされてきました。理由は、労災保険はそれぞれの会社ごとに保険料を支払っているから制度上困難というものでした。しかし、これでは一つの事業場で勤務している労働者と比較すると同じ怪我や病気でも支給額が半分やそれ以下になってしまう可能性があり、不合理であるというのが労働者側弁護士の主張でした。実際、なぜダブルワークをしなければならないかといえば、基本給が低すぎて1社では生活できないからということも多く、いわば雇用者側の都合でダブルワークしなければならなくなったのに、リスクだけは労働者が負担しろというのはおかしな話です。今回の法改正でこの矛盾が解消されるというのであればこれは大きな前進です。

 

 

3  残された課題−企業補償の壁が高い点で副業のリスクはまだまだ残る−

 

 もっとも、ダブルワークについてはまだまだ残された課題があります。それは、仮に長時間労働で労災が認定されたとしても、会社に損害賠償請求をするにあたっては、シングルワークの労働者と比較して非常に高いハードルがある点です。実務家からみると、損害賠償請求ができない事案が多発する可能性が高いと思われます。

 

 長時間労働で精神疾患を発症し自死した事案では、労災で遺族補償給付を受けられるだけではなく、雇用主に対して損害賠償請求を行い、慰謝料や逸失利益(死亡によって得られなくなった収入の補償)の支払を求めることができます(いわゆる過労死の裁判として「遺族が損害賠償を求め会社を提訴」などと報道される事案はこういった事案です。)。

 

 とはいえ、この損害賠償請求が認められるためには、労災とは異なり雇用者側に過失が認められることが必要となります。問題はダブルワークの場合にこの過失が認められるのかという点です。

 

 厚労省労働政策審議会での議論を見る限り、雇用者の労働時間把握義務は労働者の自己申告がある限りで認められるという運用になりそうです。この運用からすると過失が認められるためにはダブルワークについて自己申告をしているケースに限られるということになりかねません。

 

 自己申告の無いケースでは、会社側はこのような反論をすることが考えられるでしょう。

 

 「亡くなった◯さんが、ダブルワークをしているなんて当社は認識しておりませんでした。ウチの会社ではそれほど残業していなかったのだから、亡くなるなんて想像もしていませんでした。ダブルワークしているって申告してくれれば事故を予見できたかもしれませんが。」

 

 結局のところ、自己申告制度を採用したところでそれが有効活用されなければ絵に描いた餅になってしまいます。ところが、実際のところ自己申告する人がどれだけ現れるでしょうか。例えば、自分が事務員を採用する立場になって考えてみてください。応募者Aはダブルワークをしている、応募者Bはダブルワークをしていない、どちらを採用するでしょうか。そして、採用されなかった応募者Aは次からは求人に応募する際にダブルワークの事実を正直に話すでしょうか。私は隠すと思います。

 

 結局、現在の自己申告制は、副業のリスクを労働者個人に負担させる結果につながる危険性が非常に高いと考えます。

 

 

4  まとめ

 

 以上からすると、今回の法改正は、

  Ⅰ ダブルワークでも労災は認定されることが確認され、補償額も増えることになった

 という点では大きな前進ではありますが、

  Ⅱ 企業補償についてはきわめてハードルが高い

 点で残された課題も大きいということになると思います。

 そしてこれは、副業解禁を政府が急ぐあまり、労働時間把握について十分な制度的検討(ダブルワークを推進しているのは国ですので、ダブルワークのリスクについても国がなんらかの制度を用意するのが筋だと考えます。)を積み残したまま見切り発車してしまったという理解が正しいのではないかと考えています。

 

 当事務所は労災、公務災害事件を多数取り扱っております。長時間労働、パワハラ、セクハラ等で労災申請をお考えの方は、ぜひご相談ください。

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