事例紹介

判決 「念書」は無効である

弁護士 中野 直樹

 建築業界で働く職人のAさんが困った不安な顔をして事務所を訪れました。話を伺うと、元親方だった方から、無理矢理、25万円ずつ4回、合計100万円を支払う趣旨の念書を自筆で書かされたとのことです。原因は、Aさんが元親方から独立した後、元親方の以前の取引業者の現場で働いていたところ、元親方は、元親方の取引先の仕事をしないという約束だったのにそれに反したと責めて、Aさんを呼び出して数名で囲んで、念書を書かせた、との経過でした。私はAさんにそのような約束をしたことはないことを確認した上で、元親方から支払の求めがあっても毅然と拒絶しなさいと述べて推移をみることとしました。念書を書かされてから2年ほど経ってから、元親方が裁判を起こしてきました。私がAさんの代理人となりました。

 争点は、「約束」があったかどうか、「念書」の効力があるのか、です。約束を示す文書はなくもちろん約束した事実もありません。問題は、不本意に書かされたものとはいえ、いったん「念書」で意思表示をしてしまうと法律では原則有効になってしまうことです。心理留保といいます。この原則をうち破る法的な理屈が必要となります。私は、経過をみると、念書を書かせた元親方もAさんに100万円もの支払い義務があると考えておらず、Aさんを取引先から遠ざける手段として書かせたのではないかと考え、元親方、Aさんの尋問に臨みました。

 判決は、私の主張したとおり、心理留保の例外である「相手方がその意思表示が表意者の真意でないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は無効である。」と判断しました。

 義務のない念書は書かないこと、やむをえず書いてもあきらめないこと。

2022/03/17
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